150年、飯能で紡いできた革新と挑戦の物語
時代が変わっても、変わらない想い。
一本の糸から始まった挑戦が、
今もなお、静かに続いています。
1900年頃には、絹から綿へ需要が移りゆく中、
2代目弥三郎(初代弥三郎を襲名)が綿織物へ事業を転換。
柔軟な判断が家業の基盤を強固にしていった。
大正時代半ばには所沢地方の伝統織物「湖月縮」の開発にも関わり、
地域の技術とともに歩みを進めていく。
1950年(昭和25年)「丸中織布工場」を設立。
この頃から、織物の需要が急に高まる。
周囲が大きく動く中でも、家業は目の前の仕事を丁寧に積み重ね、
設備や体制を少しずつ整えていった。
この時期の積み重ねが、後の基盤を静かに形づくっていく。
やがて高度経済成長の波が訪れ、
1960年代には、次の時代に向けた技術の選択が求められるようになっていく。
1982(昭和57)、ドイツ・ドルニエ社製レピア織機1号機を設置。
ここから、マルナカの技術的独自性が本格的に確立していく。
1980〜1990年(昭和55年〜平成初期)
ドルニエ織機の導入と並行して、昌平が自らプログラミングを学び、
織物設計のデータ化や事務処理の電算化を進める。
コンピュータがまだ普及途上にあった時代に、デジタル化を取り入れた先進的な取り組みは、マルナカの技術志向を象徴する大きな転換点となる。
2000年代に入り、ジャカード搭載レピア織機が稼働開始。
表現の幅が大きく広がり、技術と創造性が結びつく時代が始まる。
2004年頃から、コレクションデザイナーとの取り組みが伸長。
技術と対話を軸にしたものづくりが深まり、新たな価値が形になっていく。
2008年(平成20年)には海外展示会へ出展し、世界との接点が広がる。
2010年以降、パリコレをはじめとするブランドとの協働が本格化。
ここでマルナカは、“創造の伴奏者”としての役割を確立していく。
2021年(令和3年)、長く家業を見つめてきた 渼(なみ)が逝去。
To the Future
150年のその先へ
私たちは、これからも誠実さと技術を軸に、
パートナーの創造を支える存在であり続けます。
時代が変わっても、必要とされる価値を静かに磨き、
期待を超える品質と対話を積み重ねていく。
未来へ向けて、私たちは進化を止めません。
ともに歩む皆さまの創造を、これからも支えていきます。
私たちのこと About us